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東京地方裁判所 昭和47年(行ウ)171号 判決

原告 双葉観光株式会社

被告 青梅税務署長

訴訟代理人 横山茂晴 ほか四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四五年三月三一日付でした原告の昭和四二年七月一日から昭和四三年六月三〇日までの事業年度の法人税再更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  被告が昭和四五年三月三一日付でした原告の昭和四三年七月一日から昭和四四年六月三〇日までの事業年度の法人税更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の請求原因

一  原告はドライブインを営む株式会社であるが、その昭和四二年七月一日から昭和四三年六月三〇日までの事業年度(以下「昭和四二年度」という。)及び昭和四三年七月一日から昭和四四年六月三〇日までの事業年度(以下「昭和四三年度」という。)の法人税について、原告のした確定申告、これに対する被告の各更正(ただし、昭和四二年度については再更正。以下、これらを「本件各更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定並びに各年度について国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別表(一)記載のとおりである。

二  しかし、被告がした本件各更正(審査裁決により維持された部分。以下同じ。)のうち、昭和四二年度については欠損金七九八、三五八円をこえる部分、昭和四三年度については所得金額二、一八九、八八八円をこえる部分は、いずれも原告の所得を過大に認定したもので違法であるから、その取消しを求める。

第三被告の答弁及び主張

一  請求原因に対する認否

原告の請求原因第二の一の事実は認める。同二の主張は争う。

二  本件各更正の適法性

原告の昭和四二度度及び昭和四三年度の各所得金額は別表(二)(三)記載のとおりであり、その計算根拠は次のとおりであるから、本件各更正に違法はない。

(一)  昭和四二年度原告が当年度中に、交際費科目で支出した金額のうち、三五一、三七九円及び手数料科目で支出した一〇、九七一、五八〇円(以下「本件手数料」という。)合計一一、三二二、九五九円は、租税特別措置法(昭和四四年法律第一五号による改正前のもの。以上「法」という。)第六三条第五項に定める「交際費等」(以下「交際費等」という。)に当たるので、前年度の交際費等の額五、二六七、〇八五円、当年度終了の日における資本金三〇〇万円を基礎として、同条第一項第二項により同項本文に定める損金不算入額六、五五三、九八九円を計算し、その金額から原告の繰越欠損金額を減じて、原告の当年度の所得金額を計算したものである。

(二)  昭和四三年度 原告が当年度中に、交際費科目で支出した金額のうち四二七、四五〇円及び手数料科目で支出した金額のうち一〇、九八〇、二九五円(以下「本件手数料」という。)合計一一、四〇七、七四五円は、交際費等に当たるので、前年度の交際費等の額一一、三二二、九五九円、当年度終了の日における資本金三〇〇万円を基礎として、前同様法第六三条第一項本文に定める損金不算入額三、七〇〇、一二二円を計算し、その金額から原告が交際費等の損金不算入額として申告した金額四七三、七二〇円を減じて交際費等の損金不算入額三、二二六、四〇二円を計算し、右金額及び控除済繰越欠損金額を原告の当年度の申告所得金額に加算し、さらにこれから前年度所得金額に対する未納事業税額を減じて、原告の当年度の所得金額を計算したものである。

(三)  しかして、本件手数料は、原告が自己の経営するドライブインに駐車した観光バスの運転手、バスガイド、添乗旅行斡旋業者等(以下「運転手等」という。)に接待のための心付けとして現金を交付したものであるから、右手数料は、まさに交際費等に当たるというべきである。

第四被告の主張に対する原告の答弁及び主張

一  被告の主張に対する答弁

被告主張の第三の二の事実のうち、本件手数料が運転手等に対する接待のための心付けとして交付されたものであること及び本件手数料が交際費等に当たることは争うが、その余は認める(なお、本件手数料が交際費等に当たるとした場合の係争各年度の原告の所得金額が被告主張のとおりとなることは、争わない。)。

二  原告の主張

本件手数料は、次の理由により「交際費等」に当たらない。

(一)  交際費等と営業経費との差異は冗費性の有無にあると解されるところ、交際費等に当たるには、(1)事業遂行に必然的でないこと、つまり慣行的に広くその定額的支出が実施されていないこと、(2)金員の支払を受けるものは事業関係者であること、(3)飲み食いの浪費的行為か又は反対給付なき財貨供与であることの三要件を充足することが必要である。しかるに、本件手数料は、広く慣行的に定額として支出されており、かつ、運転手等が観光客をドライブインに誘導して、客が食事をしたり土産品を購入したりすることの仲立的役務に対する対価として、あるいは乗客を誘導してくれた対価として支払われるものであり、浪費的飲み食いの要素もないのであるから、冗費性はなく、したがつて、交際費等には該当しない。

(二)  本件手数料は広告宣伝費に当たるから交際費等に当たらない。すなわち、交際費等から除かれる費用として、租税特別措置法施行令(昭和四六年政令第七四号による改正前のもの。)第三八条の三第一号が定めるカレンダー等を贈与するために通常要する費用は、少額であつて、かつ、カレンダー等は多数に配布され、主として広告宣伝を目的とするものであるが、本件手数料も一回当たりの支払は少額であつて、かつ、不特定多数の運転手等がその支給対象であり、しかもその支出の事実は直ちに他の運転手等に伝えられて原告の営業の広告宣伝の目的が達せられるから、広告宣伝費に当たる。

(三)  本件手数料は販売奨励金に当たるから交際費等権当たらない。すなわち、本件手数料の支出は、ドライブインの売上高を伸ばすこと、つまり販売促進を目的としてセールスマンに相当する運転手等に対して、一台のバス客を食事、休憩等のためにドライブインに立ち寄らせ相当の売上げを図るために支払われるものであるから、国税庁長官通達昭和二九年直法一-八五「二四の二」(昭和四六年直審(法)二三による改正前のもの。以下「通達」という。)に定める販売奨励金ともいえるのであつて、ドライブイン経営上通常かつ必要にしてその支出が慣行化した営業経費そのものというべきである。

(四)  仮に本件手数料が交際費等に当たるとしても、国税通則法第六五条第二項に規定する「正当な理由」がある。すなわち、被告は、本件各更正前は原告の同様の税務処理を是認していたから、本件各更正は被告の見解の変更によるものであり、また、被告のような解釈は法第六三条第五項の不当な拡張解釈なくしては導き出せないものであるから、原告が本件手数料を交際費等に当たらないと考えたことは真にやむを得ないというべきである。したがつて、過少申告加算税の賦課決定は違法である。

第五原告の主張に対する被告の反論

一  本件手数料は交際費等に当たる。すなわち、交際費等とは、広い意味における交際、接待、贈答その他これらに類する行為のための費用をいうから、交際費等に当たるか否かは、その支出の名義によるのではなく、当該支出が右のような行為形態に該当するか否かという実質的な判断に基づき決定されるものであつて、その支出が事業の遂行上必要欠くべからざるものであるかどうかにより、左右されるべきものではない。また、本件手数料の支出の相手方たる運転手等は、個人として原告のため役務を提供したのではなく、その所属するバス会社、旅行斡旋業者等勤務先の業務の遂行の一環として、原告のドライブインに観光バスを駐車させ、原告の施設を利用したにすぎないのであつて、当該運転手等が原告と客との間に立つて食事提供契約あるいは土産品売買契約を締結せしめることに尽力する積極的な活動は一切ない。本件手数料支出の目的は運転手等の歓心を買うところにあり、何ら役務の提供に対する対価という関係の生ずる余地はない。

二  本件手数料は広告宣伝費には当たらない。広告宣伝費とは、不特定多数の者に社名、自己製品及び商品等の名称、性能を知らしめ、購買心をそそるために支出する費用であるが、本件手数料は、観光バスの乗客が原告の経営するドライブインで食事し、あるいは土産品を購入した場合の当該バスの運転手等にのみ支給されるのであつて、その支給対象が不特定多数であるとはとうていいえない。また、その支給は、運転手等の歓心を得ようとするものであつて、原告の経営するドライブインの設備の優秀性、食事、土産品の良廉性等を広く利用客に訴える費用とはいえないものである。したがつて、当該支出によつて何ら土産品等の良廉性に関する宣伝効果は生じないから、広告宜伝費であるとする原告の主張は理由がない。

三  本件手数料は販売奨励金には当たらない。通達がセールスマンに対し支出する報奨金品の額を交際費等から除外している趣旨は、もともとセールスマンは販売事績に応じて所得を受けるのが常態であつて、独立した事業主体に近い性質を有することにかんがみ、セールスマンに対しその取扱数量に応ずる等のあらかじめ定められた基準に基づき支出するものは、売上割戻しないし歩合給としての性格が認められるところにあつたのであつて、本件手数料の支出を受ける運転手等は、ドライブインの取り扱う飲食物の提供や土産品の販売自体には何も関与しておらず、両者は根本的に異なつている。また、交際費等の損金不算入制度は、経費性が乏しいことをもつて限度超過額の損金算入を認めないこととしているのではないから、本件手数料が事業上通常かつ必要な費用であるかどうかは間題とする余地がない。

四  過少申告加算税の賦課決定も適法である。すなわち、原告は、交際費等について独自の解釈をすることによつて、本件手数料の支出が交際費等に該当しないとして、本来交際費等として一定限度額を超える部分が損金とならないにもかかわらず、これを損金に算入して計算をし、確定申告書を提出したのであるから、原告の右行為は国税通則法第六五条第二項の正当な理由に当たらない。したがつて、同条第一項を適用して過少申告加算税を賦課決定した被告の処分は適法である。

第六証拠関係〈省略〉

理由

一  原告の請求原因第二の一の事実、係争各年度において原告が本件手数料を支出したこと、本件手数料は原告が自己の経営するドライブインに駐車した観光バスの運転手等に交付したものであること、被告が本件手数料を法第六三条第五項に定める交際費等に当たるとして本件各更正をしたこと及び本件手数料が交際費等に当たるとした場合の係争各年度の原告の所得金額が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件手数料が「交際費等」に該当するかどうかについて判断する。

(一)  交際費等の範囲について、法第六三条第五項は、「交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、きよう応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいう。」と規定しているから、当該支出が交際費等に該当するかどうかについては、第一に、支出の相手方が事業に関係のある者であること、第二に、支出の目的が接待、きよう応、慰安、贈答その他これらに類する行為を目的とすることを必要とするのであるが、支出の目的が接待等を意図しているかどうかについては、さらに支出の動機、金額、態様、効果等具体的事情を総合的に判断しなければならないことはいうまでもない。

これを本件についてみると、〈証拠省略〉を合わせると、

原告は、国道一六号線沿いの東京都西多摩郡瑞穂町においてドライブインを経営しているのであるが、観光バスは、観光客及び運転手等の休息、食事、観光客の土産品の購入、観光会社等のバス運行状況の把握と連絡等のためドライブインに駐車すること、ドライブインでは、できるだけ多くの観光バスが駐車し、客を誘致してくれることにより売上げを伸ばすことができるため、駐車した観光バスの運転手等に対してチツプとして現金を渡す慣行があり、チツプを渡さないと自然敬遠され、経営上も支障が生ずること、そこでドライブイン経営者と観光会社等との間に協定を締結し、観光会社等は当該ドライブインに優先的に観光客を送るよう約し、ドライブインは観光会社に一定の協定料を支払う旨を約すことが行われていること、しかし、協定のない場合は勿論、協定のある場合においても、実際上は運転手にどのドライブインに駐車するかの裁量権があるため、原告ら同業者は、協定の有無を問わず、今後も自己の経営するドライブインに駐車してくれるであろうことを期待して、駐車した観光バスの運転手等にチツプを渡し、また運転手等もこれを期待していること、原告は、運転手に三〇〇円、バスガイドに一〇〇円、添乗員に三〇〇円をいずれもその都度のし袋に入れ現金で交付しており、原告ら同業者も右の金銭をチツプと呼んでいること。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によつてみると、本件手数料は、その支出の相手方が原告のドライブインに駐車する運転手等であるから、法第六三条第五項の事業に関係のある者に当たると解することができる。そして、本件手数料は、運転手等に一人当たり一〇〇円ないし三〇〇円程度の現金を心付けとして任意に支出するものであり、右の支出により観光バスのドライブインに対する駐車を期待するものであるから、右の金員は、文字どおり運転手の歓心を買うための「チツプ」であつて、対価性のない支出であり、その支出の目的は客誘致のためにする運転手等に対する接待であること明らかである。したがつて、本件手数料は交際費等に該当すると認めるのが相当である。

(二)  これに対し、原告は、本件手数料は事業遂行に必要な支出で、慣行的に定額として支出されていること、仲立的役務あるいは乗客の誘導に対する対価であること、浪費的飲み食いの要素がないことを理由に交際費等に当たらないと主張する。

元来、企業会計上事業経費に属すべきものは、税法上損金として取り扱われるべきものであるが、法人の支出する交際費等のうち一定の基準を越えるものを所得計算上損金に算入しないとする課税所得計算上の特例は、法人の交際費支出の状況にかんがみ、他の資本蓄積策と並んでその乱費を抑制し、経済発展に資することを目的とするものであり、交際費等に当たるかどうかは、法第六三条第五項の要件に該当するかどうかにより決定されることがらであつて、当該支出が事業遂行に不可欠であるかどうか、定額的な支出であるかどうかを間わないものと解すべきである。また浪費的飲み食いの要素のあるものだけが交際費等に当たるという原告の主張も法第六三条第五項に関する独自の見解であつて採用できない。さらに、運転手等は、観光客の便宜と安全性の確認等の目的のため、その業務の遂行として観光バスをドライブインに駐車するのであつて、チツプの対価として乗客を誘導するものとはいえない。また、運転手等が乗客とドライブインとの間において食事の提供や土産品の購入の媒介をし、本件手数料がその媒介行為の対価として支払われたことを認めるに足る証拠はない。よつて、原告の右主張は理由がない。

(三)  次に原告は、本件手数料は広告宣伝費に当たると主張する。

不特定多数の者に対する宣伝的効果を意図する費用は、広告宣伝費の性質を有するから、それが接待のために支出された費用であつても、交際費等には含まれないと解すべきであるが、本件手数料は、原告のドライブインに駐車した運転手等に対してのみ支給されるものであるから、その支給対象が不特定であるとはいえない。〈証拠省略〉には、観光バスの車内で運転手等がドライブインの宣伝をすることもある旨の供述がみられるが、〈証拠省略〉によつても、原告は具体的に運転手等に宣伝の依頼をしていないことが認められるから、運転手等が原告のドライブインの宣伝を行つていたかどうかは疑わしく、他に運転手等が原告のドライブインの食事、土産品等の良廉性の宣伝を行つていたことを認めるに足る証拠はない。

また、原告は、手数料の支出が他の運転手等に伝えられることにより広告宣伝の目的が達せられると主張するけれども、前認定のように、他の運転手に対する宣伝の目的でチツプが交付されているわけではなく、また、その事実を伝え聞いた他の運転手が原告のドライブインにバスを駐車するに至ることがあるとしても、それは広告宣伝の効果と解すべきものではなく、チツプの交付に附随した副次的結果にすぎないものであり、そのために、本件手数料を心付けたる交際費等に当たると認めることを妨げるものではない。

したがつて、本件手数料が広告宣伝費に当たるとする原告の右主張も理由がない。

(四)  次に原告は、本件手数料は販売奨励金に当たると主張する。

〈証拠省略〉を合わせると、本件係争各年度においては、製造業者又は卸売業者がその特約店等のセールスマンに対し、その取扱数量が一定額に達した場合にあらかじめ定められているところにより支出する報奨金品の価額は、そのセールスマンを自社のセールスマンと同様の地位にあるものと考え、交際費等に含めない税務処理が行われていたことが認められる。

しかしながら、運転手等が原告のドライブインの取り扱う食事の提供や土産品の販売に関与していることを認めるに足る証拠はないし、運転手等の業務とドライブインの売上げの増加とは無関係であるから、運転手等をドライブインのセールスマンに喩え、本件手数料を右の販売奨励金と同一視する原告の主張は、とうてい採用することができない。また、当該支出が事業に必要な営業経費であるかどうかは交際費等の認定にとつて必要のないこと先に述べたとおりである。よつて原告の右主張も理由がない。

(五)  したがつて、本件各更正には原告主張の違法はないといわなければならない。

三  原告は、本件手数料が交際費等に当たるとしても、国税通則法第六五条第二項の「正当な理由がある」から、過少申告加算税の賦課決定は違法であると主張する。

しかしながら、本件手数料が交際費等に当たらないと主張する原因の根拠は、右にみたようにいずれも独自の見解であつて採用することができないものであり、本件手数料が交際費等に当たると解することは、法第六三条第五項の解釈上格別困難なことではない。〈証拠省略〉には、本件と同種の事案において税務上の取扱いが区々である旨の供述がみられるが、〈証拠省略〉と対比して採用し難く、また被告がその見解を変更したため本件各更正をするに至つたことをうかがわしめる証拠もない。したがつて、国税通則法第六五条第二項の正当な理由があるとはいえないから、過少申告加算税の賦課決定にも原告主張の違法はないといわなければならない。

四  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 時岡泰 吉戒修一)

別表〈省略〉

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